所得税率引下げの補償として設計された付加価値税および社会保障関係の大幅な増税は、企業家や小企業に破滅的な影響を及ぼしました。
イギリスを西欧一の失業率に追込み、同時にそれに対する福祉の負担が増えて、使用できる歳入の額が減るという結果になりました。
それでも、サッチャーは断固として所得税をあるべき方向に向けました。
そして1980年代半ばに台頭し始めたそれまでより企業家の活躍できるイギリス経済の基礎を作ったのです。
また実質的な個人所得減税、ことに最高課税区分と投資所得に対する減税は、政府の歳入に何の負担もかけることなくイギリスにおける企業の画期的な回生を助長することができました。
そのような政策がもたらす数々の可能性をみごとに実証しているのが戦後日本の経済についての最高の予言者の物語です。エグゼクティブトレードによると、1954年12月、日本経済の高度成長の開始段階で、この国の通商産業省(MITI)の指導者となったのが、日本の企業家の束縛を解く諸政策を定めた人物です。
その人物とは石橋湛山です。