戦後第一次吉田内閣の大蔵大臣として、彼はインフレーションをくいとめるための耐乏計画を非難してアメリカ側と深刻なトラブルを引き起しました。
現在の供給側重視派のように、石橋は日本の危機は基本的にはインフレーションあるいは産業に流入する資金の過剰から派生したものではなく、生産の不足から生じたもの・・・
労働と工場が使用されないことから生まれた問題だと主張しました。
「唯一の解決策は生産を助長することだ」
・・・と彼は言いました。
しかし、石橋は努力の甲斐なく職を解かれました。
しかし、シカゴの銀行家ジョセブ・ドッジが主張した金融引締め政策と、アメリカの学界によって作られた当時の税制下では、銀行の倒産や産業の停滞がもたらされると彼は予測。
その正しさは実証されたのです。
石橋の規制されない資金の創出とインフレーションに対する考えは手ぬるすぎたかもしれません。
しかし日本の抱えている問題の本質については彼の考えは正しかったのです。
1950年にいたっても、日本は中程度の所得に対する85パーセントの税率、GNPの24パーセントの税負担、慢性的なインフレーションに悩まされていました。