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すいーとすいーと

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どこまでもあまーいおかしがたべたい

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★☆ 海洋法ができるまで 3 ☆★
公式な協定への道を阻むものは、時期をのぞいては無いように見えました。


しかし、数か月後、レーガンが政権をとりました。


アメリカの軍事力増強へ向けて、新しい政府は軍事目的の鉱物資源供給の適正化が、どれほど重要であるかを強調しました。


レーガン政権の見方からすると、海洋法会議でうち出された深海域の規定は、受け入れがたいものであり、そのためアメリカ代表は更送されたのです。


新しい代表団は、深海鉱物資源は、それを採鉱する技術力をもった者のものになる、という以前の立場へまい戻ってしまいました。


この事態を解決するべく開かれた会合でのさまざまな試みにもかかわらず、深海採鉱の問題は白紙に戻ってしまいました。


アメリカがいつ心変わりをしてくれるのか、その兆候もないまま、海洋法会議はとうとうアメリカの合意をとりつけず進行することを決めました。


1982年4月hその協定案が票決に付された時、アメリカと他の3か国だけが反対票を投じました。


棄権した18か国の顔ぶれは、イギリス、ドイツ、日本そして東欧圏の国々でした。


一方、第3世界諸国は圧倒的に賛成しました。


結局、117の国々が、数か月後ジャマイカで行われた署名式で、この国際協定に署名したのです。


なかでもフィジーは、同日にすべての条項を批准することまでしました。


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